くらべ られ っ こ 歌詞。 ツユ

くらべられっ子 歌詞『ツユ』

くらべ られ っ こ 歌詞

カテゴリ• みんなが前を向くきっかけになれたら嬉しいです。 色々な感情を乗せたので是非聴いてください ツユ twitter コメントからも理解できるように『くらべられっ子』は 「劣等感」を題材にしています。 今日においても非常に多くの方が劣等感に悩まされ苦しめられています。 多くの場合それは生まれ育った家庭環境に起因しているとされているようです。 両親から褒められない、悪い仕方で比較され続けることで劣等感が心に植え付け られるようです。 『くらべられっ子』は、そうした感情と向き合いながらも前向きに取り組むきっかけとなる作品だとコメントから理解できます。 『くらべられっ子』の曲調とMVの内容に触れてみましょう。 おとなしめのギターサウンドで奏でられるイントロ、しかし次の瞬間にロックチューンを彷彿させる厚めのギターサウンドに変化していきます。 おとなしい音と激しい音が、主人公のさまざまな感情を表現しているようでした。 MVでは 制服を着た少女が登場してきます。 彼女は物悲しい笑みを浮かべ孤独を感じているようでした。 自身の中に存在する劣等感によるものでしょう。 物語が進行していくと自分そっくりの人物と出会います。 その人物とは誰を表すのでしょうか。 彼女の心の中に沸き起こるさまざまな感情とは一体なんでしょうか。 続く部分から考えていきたいと思います。 『くらべられっ子』の意味とは 前述でも少し触れましたが、タイトル『くらべられっ子』は 「比較された子」という意味だと考えられます。 MVの主人公はずっと家族や友人から比較され続けてきたのでしょう。 そして気づいた時には劣等感が根付いていたようです。 比較はある面で良い部分もあるように思えます。 AはBよりも優れているという場合Aにとっては幾らか嬉しく感じる かもしれません。 しかしBはどうでしょうか。 Bは劣っていると感じ、ショックを受け自分には価値がないと思う かもしれません。 しかしAにとってもメリットばかりではありません。 AはBより優れていなければならないとプレッシャーを感じるように なる場合があるからです。 このように人と人を比較して得られるメリットはほとんどないように 思えます。 物や数値に関しては前年比と比較して向上を図るという良い面もあり ます。 しかし上記の場合でも、比較の下で苦しむ大勢の人たちが存在するの も事実なのです。 ですから「比べられる」という現実は競争社会の産物であり、子供も 大人もその犠牲になっているのかもしれませんね。 『くらべられっ子』歌詞の意味 耳に胼胝 くらべられっ子 くらべられっ子 とっくに知ってるよ あの子より劣ってるのは言われなくても解ってるよ だから比べないで いや比べんな 私をほっといて 左側が痛いから 困るのよ 何となく差を感じて 生きてたけど背伸びしていた 今回の考察では 一人の少女を主人公として進めていきたいと思います。 彼女は家族や友人など大勢の人たちから比較され続けてきたのでしょう。 「あの子より劣っている」ことに関して 「とっくに知ってる」と自覚さ せられる程になっているからです。 歌詞の 「比べないで」という部分からは 悲しみの感情が 「いや比べんな」 という部分からは 怒りの感情が汲み取れます。 「左側が痛い」とは 「体の左にある心臓」つまり 心を示唆しているのでしょう。 周囲の人たちから何度も浴びせかけられる 無慈悲な言葉の矢が、心という的の ど真ん中に突き刺さり痛みを生じさせているのです。 「何となく差を感じて 生きてたけど背伸びしていた」とはどういう心境なので しょうか。 自分と兄弟と、またクラスメイトとの差を彼女は感じてきたようです。 当初は 気にしないように笑顔で振る舞っていたと考えられます。 これが 「背伸び」だったと彼女は今になって気づいたようです。 背伸びは長時間続けていると足の指が痛み出してきます。 同じように彼女の背伸びは限界であり、笑顔で気にしないようにすることができ なくなってきたのでしょう。 失敗し続ける自分は失敗作 A B C D E F G どの選択肢を選ぼうと 失敗のほうが多くって また怪我しちゃった 痛いの痛いの飛んでけって 思っても意味無いこと頭によぎって 下して いつの間にか泣きだして トドメ刺せたらどれだけ楽だろう 捨てられたいな 彼女は自分なりに考えて物事を決定してきました。 歌詞にあるように 「ABCDEFG」と7通りの選択肢をすべて試し 他者から 「成功」の賞を願ったようです。 しかし結果は失敗だらけでした。 ここで筆者が強く感じるのは、彼女は 失敗したのではなく周囲の 人たちが「失敗」と判定しそのレッテルを彼女に張り付けたと主 張します。 彼女のように若いうちは、無限の可能性を秘めています。 また能力不足や欠陥と判断するにはあまりに若く、失敗と判断す るには早急であると感じます。 結果として彼女は 「失敗のほうが多い」と実感してしまいました。 「また怪我しちゃった」とは、頑張った結果、周囲から評価されず 比較され 心に傷を負ったという意味だと解釈しました。 「痛いの痛いの飛んでけ」と彼女が口にしたのはなぜでしょうか。 怪我をした時に親や友達がこうした言葉を口にしたかもしれません。 これは まじないの一種とされ文字通り傷が治るわけではありません。 幾らかの利点があるとすれば気の持ちようが変わるという点でしょうか。 ですから心に傷を負った彼女が、このまじないのような言葉を口にした のは、 気を紛らわして他者から言われたことを気にしないようにしたと 考えました。 しかし何度、そのまじないを口にしても 心の傷が癒えることはありません。 心の傷は時間経過と共に疼き、膿み、悪性となり彼女の心を酷く蝕むよう になりました。 なぜなら彼女は 「トドメ刺せたらどれだけ楽だろう 捨てられたいな」と 願うようになってしまったからです。 ここで言われている「トドメ」を刺す対象は幾つか考えられます。 ・ 他者のように成功できない無価値な自分 ・ 劣等感に打ち勝てない弱い自分 いずれにせよ彼女がさらに自分自身を傷つけようとしている点、また苦痛 から早く解放されたいと願っていることを理解できます。 夢で出会ったもう一人の自分 大切なモノ馬鹿にされてしまう運命なんだって だから諦めたよ もう諦めた 私をほっといて だけど夢に出てくるの 可笑しいよね この部分の 「大切なモノ」とは彼女の本心を指すと思います。 「本当にやりたいこと」「大事だと思っている考え」など彼女には たくさんの本心があったに違いありません。 しかし他者からそれらをことごとく否定され貶され排除されてきた のでしょう。 その度に彼女は本心を 「馬鹿にされてしまう運命」だと感じてきた ようです。 彼女はいつしか 本心を遠くへ投げ捨てました。 他者から認められない、実現できないソレは 荷物にしか思えなかった からだでしょう。 しかしある夜、彼女は不思議な 夢を見ました。 『くらべられっ子』MVでは 自分とそっくりな見格好の人物と出会っていました。 それは彼女の 本心の具現化であり 「もう一人の自分」なのでしょう。 二人は同時に 相手の口を押えて立ち尽くしていました。 これは 本心を押さえつけている彼女と、本 心が自分を捨て諦める発言 を許さないという関係性を描いていると解釈しました。 そのやりとりに彼女は思わず可笑しくなったのかもしれませんね。 これはアルファベットの中でも 最後に登場する5文字です。 劣等感を題材とした歌詞の中で最後と聞くと、 下位のイメージを 自然と連想してしまいます。 そうしたイメージに基づき考えて行くと、この部分は スクールカ ーストにおける下位の2グループを指すのだと思いました。 しかしそのグループの中でも周囲に溶け込めず上手くやっていけ ないと彼女は感じたのでしょう。 「下の下」彼女の中で自分が ワーストであるという実感が色濃く なっていったのかもしれません。 以前まで平気だった文字通りの暗闇もしくは心の暗がりに怯える ようになったのも彼女の抱く劣等感の症状でしょう。 歌詞を見ると症状は悪化し自分の 「好きなこと」でさえ 「霞む」 つまり はっきりわからなくなっていきました。 自分が考え込んでいる時、ふと目を移すと 「となりの彼女 旗を 揚げて」いるように見えました。 その彼女は 目標到達の証である旗を掲げるが如く成功している ように感じ、落胆のきっかけになってしまったのでしょう。 高すぎるハードル 平行線から交わって ほら全部外側に置いてってみよう 無理だよ MVを見るとこの部分は夢に出てきた 「もう一人の自分」が語っている ように思えます。 「平行線から交わって」とはどういう意味なのでしょうか。 平行線はどうあっても交わることはありません。 どちらか 片方の線がもう一方の線に向かって傾く必要があるからです。 つまり 自分から他者に向かっていく努力を傾けることを「もう一人の 自分」が主人公に投げかけているシーンなのだと思いました。 「全部外側に置いてってみよう」とは モヤモヤした感情すべてを一度 心の外に吐き出してみようと提案しているシーンに思えました。 しかし劣等感に長年苛まれてきた彼女は 「無理だよ」と即答します。 筆者も彼女の返答に同意します。 「もう一人の自分」が提案した2つの点はあまりにも ハードルが高く 感情がついてこないと思います。 しかし本心ではそうした提案を受け入れ、自分を変えていきたいと 彼女も願っていることも理解できます。 一番身近な友人 私に言ってるよ 周りが何にも見えなくなって勝手に決めつけてるよ だから思い出して もう忘れんな 本当は大好きだって 息を止めていた君を 抱きしめて 二人は手を繋いで 『くらべられっ子』 の歌詞全体から、彼女に何でも話せる友人がいることを示唆する箇所はどこにもありません。 ですから彼女にはそうした存在がいないのかもしれません。 MVと歌詞を照らし合わせるとこの部分の台詞は主人公に対し て 「もう一人の自分」が述べているのだと理解しました。 歌詞を言い換えると 「あなたは劣等感に苛まれ周囲が見えなく なって、勝手に本心である私が無用だと決めつけてるよ」とな り、もう一人の自分が友人として主人公に訴えている言葉だと 解釈できます。 そしてもう一人の自分がこれまで劣等感と闘い続け苦しみもが き、それでも懸命に生きてきた主人公に 「大好き」と伝えてい るように思え感動を覚えました。 「息を止めていた君」とは 本心を押し殺していた主人公であり 「抱きしめた」とは 2つの気持ちが1つになったことを示唆して いるのだと解釈しました。 主人公は自分と向き合えることの大切さ、そして向き合えるま での葛藤を決して忘れることはないでしょう。。 まとめ いかがだったでしょうか。 皆さんも人と比べられる経験をお持ちでしょうか。 もしそうであるならば、MVの彼女に深く感情移入し共感したに 違いありません。 彼女の心情をすべて理解することは誰にもできません。 心の深い闇を照らす光になれるのは、最終的に自分自身なのかも しれないとも感じました。 しかし他者として出来ることは 「誠実に褒める」ということなの だと強く感じます。 特に幼い時に 親から褒められるという経験は子供にとって非常に 重要な側面を持っていることでしょう。 自尊心を失くし劣等感を抱かないようにするために、 他者との比 較を避けて誠実に褒めることが今後も大切になってくると思いま す。 ツユ渾身の力作である『くらべられっ子』 が劣等感と闘い続けるすべての人の背中を押すことを筆者も心から願っています。 透き通るような美しい歌声を披露して下さった 礼衣さんに、また 作品に深く携わった ぷすさん、おむたつさん、 AzyuNさんに感謝 します。 今後もツユの活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。 素敵な作品をありがとうございました。

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くらべられっ子 歌詞『ツユ』

くらべ られ っ こ 歌詞

カテゴリ• みんなが前を向くきっかけになれたら嬉しいです。 色々な感情を乗せたので是非聴いてください ツユ twitter コメントからも理解できるように『くらべられっ子』は 「劣等感」を題材にしています。 今日においても非常に多くの方が劣等感に悩まされ苦しめられています。 多くの場合それは生まれ育った家庭環境に起因しているとされているようです。 両親から褒められない、悪い仕方で比較され続けることで劣等感が心に植え付け られるようです。 『くらべられっ子』は、そうした感情と向き合いながらも前向きに取り組むきっかけとなる作品だとコメントから理解できます。 『くらべられっ子』の曲調とMVの内容に触れてみましょう。 おとなしめのギターサウンドで奏でられるイントロ、しかし次の瞬間にロックチューンを彷彿させる厚めのギターサウンドに変化していきます。 おとなしい音と激しい音が、主人公のさまざまな感情を表現しているようでした。 MVでは 制服を着た少女が登場してきます。 彼女は物悲しい笑みを浮かべ孤独を感じているようでした。 自身の中に存在する劣等感によるものでしょう。 物語が進行していくと自分そっくりの人物と出会います。 その人物とは誰を表すのでしょうか。 彼女の心の中に沸き起こるさまざまな感情とは一体なんでしょうか。 続く部分から考えていきたいと思います。 『くらべられっ子』の意味とは 前述でも少し触れましたが、タイトル『くらべられっ子』は 「比較された子」という意味だと考えられます。 MVの主人公はずっと家族や友人から比較され続けてきたのでしょう。 そして気づいた時には劣等感が根付いていたようです。 比較はある面で良い部分もあるように思えます。 AはBよりも優れているという場合Aにとっては幾らか嬉しく感じる かもしれません。 しかしBはどうでしょうか。 Bは劣っていると感じ、ショックを受け自分には価値がないと思う かもしれません。 しかしAにとってもメリットばかりではありません。 AはBより優れていなければならないとプレッシャーを感じるように なる場合があるからです。 このように人と人を比較して得られるメリットはほとんどないように 思えます。 物や数値に関しては前年比と比較して向上を図るという良い面もあり ます。 しかし上記の場合でも、比較の下で苦しむ大勢の人たちが存在するの も事実なのです。 ですから「比べられる」という現実は競争社会の産物であり、子供も 大人もその犠牲になっているのかもしれませんね。 『くらべられっ子』歌詞の意味 耳に胼胝 くらべられっ子 くらべられっ子 とっくに知ってるよ あの子より劣ってるのは言われなくても解ってるよ だから比べないで いや比べんな 私をほっといて 左側が痛いから 困るのよ 何となく差を感じて 生きてたけど背伸びしていた 今回の考察では 一人の少女を主人公として進めていきたいと思います。 彼女は家族や友人など大勢の人たちから比較され続けてきたのでしょう。 「あの子より劣っている」ことに関して 「とっくに知ってる」と自覚さ せられる程になっているからです。 歌詞の 「比べないで」という部分からは 悲しみの感情が 「いや比べんな」 という部分からは 怒りの感情が汲み取れます。 「左側が痛い」とは 「体の左にある心臓」つまり 心を示唆しているのでしょう。 周囲の人たちから何度も浴びせかけられる 無慈悲な言葉の矢が、心という的の ど真ん中に突き刺さり痛みを生じさせているのです。 「何となく差を感じて 生きてたけど背伸びしていた」とはどういう心境なので しょうか。 自分と兄弟と、またクラスメイトとの差を彼女は感じてきたようです。 当初は 気にしないように笑顔で振る舞っていたと考えられます。 これが 「背伸び」だったと彼女は今になって気づいたようです。 背伸びは長時間続けていると足の指が痛み出してきます。 同じように彼女の背伸びは限界であり、笑顔で気にしないようにすることができ なくなってきたのでしょう。 失敗し続ける自分は失敗作 A B C D E F G どの選択肢を選ぼうと 失敗のほうが多くって また怪我しちゃった 痛いの痛いの飛んでけって 思っても意味無いこと頭によぎって 下して いつの間にか泣きだして トドメ刺せたらどれだけ楽だろう 捨てられたいな 彼女は自分なりに考えて物事を決定してきました。 歌詞にあるように 「ABCDEFG」と7通りの選択肢をすべて試し 他者から 「成功」の賞を願ったようです。 しかし結果は失敗だらけでした。 ここで筆者が強く感じるのは、彼女は 失敗したのではなく周囲の 人たちが「失敗」と判定しそのレッテルを彼女に張り付けたと主 張します。 彼女のように若いうちは、無限の可能性を秘めています。 また能力不足や欠陥と判断するにはあまりに若く、失敗と判断す るには早急であると感じます。 結果として彼女は 「失敗のほうが多い」と実感してしまいました。 「また怪我しちゃった」とは、頑張った結果、周囲から評価されず 比較され 心に傷を負ったという意味だと解釈しました。 「痛いの痛いの飛んでけ」と彼女が口にしたのはなぜでしょうか。 怪我をした時に親や友達がこうした言葉を口にしたかもしれません。 これは まじないの一種とされ文字通り傷が治るわけではありません。 幾らかの利点があるとすれば気の持ちようが変わるという点でしょうか。 ですから心に傷を負った彼女が、このまじないのような言葉を口にした のは、 気を紛らわして他者から言われたことを気にしないようにしたと 考えました。 しかし何度、そのまじないを口にしても 心の傷が癒えることはありません。 心の傷は時間経過と共に疼き、膿み、悪性となり彼女の心を酷く蝕むよう になりました。 なぜなら彼女は 「トドメ刺せたらどれだけ楽だろう 捨てられたいな」と 願うようになってしまったからです。 ここで言われている「トドメ」を刺す対象は幾つか考えられます。 ・ 他者のように成功できない無価値な自分 ・ 劣等感に打ち勝てない弱い自分 いずれにせよ彼女がさらに自分自身を傷つけようとしている点、また苦痛 から早く解放されたいと願っていることを理解できます。 夢で出会ったもう一人の自分 大切なモノ馬鹿にされてしまう運命なんだって だから諦めたよ もう諦めた 私をほっといて だけど夢に出てくるの 可笑しいよね この部分の 「大切なモノ」とは彼女の本心を指すと思います。 「本当にやりたいこと」「大事だと思っている考え」など彼女には たくさんの本心があったに違いありません。 しかし他者からそれらをことごとく否定され貶され排除されてきた のでしょう。 その度に彼女は本心を 「馬鹿にされてしまう運命」だと感じてきた ようです。 彼女はいつしか 本心を遠くへ投げ捨てました。 他者から認められない、実現できないソレは 荷物にしか思えなかった からだでしょう。 しかしある夜、彼女は不思議な 夢を見ました。 『くらべられっ子』MVでは 自分とそっくりな見格好の人物と出会っていました。 それは彼女の 本心の具現化であり 「もう一人の自分」なのでしょう。 二人は同時に 相手の口を押えて立ち尽くしていました。 これは 本心を押さえつけている彼女と、本 心が自分を捨て諦める発言 を許さないという関係性を描いていると解釈しました。 そのやりとりに彼女は思わず可笑しくなったのかもしれませんね。 これはアルファベットの中でも 最後に登場する5文字です。 劣等感を題材とした歌詞の中で最後と聞くと、 下位のイメージを 自然と連想してしまいます。 そうしたイメージに基づき考えて行くと、この部分は スクールカ ーストにおける下位の2グループを指すのだと思いました。 しかしそのグループの中でも周囲に溶け込めず上手くやっていけ ないと彼女は感じたのでしょう。 「下の下」彼女の中で自分が ワーストであるという実感が色濃く なっていったのかもしれません。 以前まで平気だった文字通りの暗闇もしくは心の暗がりに怯える ようになったのも彼女の抱く劣等感の症状でしょう。 歌詞を見ると症状は悪化し自分の 「好きなこと」でさえ 「霞む」 つまり はっきりわからなくなっていきました。 自分が考え込んでいる時、ふと目を移すと 「となりの彼女 旗を 揚げて」いるように見えました。 その彼女は 目標到達の証である旗を掲げるが如く成功している ように感じ、落胆のきっかけになってしまったのでしょう。 高すぎるハードル 平行線から交わって ほら全部外側に置いてってみよう 無理だよ MVを見るとこの部分は夢に出てきた 「もう一人の自分」が語っている ように思えます。 「平行線から交わって」とはどういう意味なのでしょうか。 平行線はどうあっても交わることはありません。 どちらか 片方の線がもう一方の線に向かって傾く必要があるからです。 つまり 自分から他者に向かっていく努力を傾けることを「もう一人の 自分」が主人公に投げかけているシーンなのだと思いました。 「全部外側に置いてってみよう」とは モヤモヤした感情すべてを一度 心の外に吐き出してみようと提案しているシーンに思えました。 しかし劣等感に長年苛まれてきた彼女は 「無理だよ」と即答します。 筆者も彼女の返答に同意します。 「もう一人の自分」が提案した2つの点はあまりにも ハードルが高く 感情がついてこないと思います。 しかし本心ではそうした提案を受け入れ、自分を変えていきたいと 彼女も願っていることも理解できます。 一番身近な友人 私に言ってるよ 周りが何にも見えなくなって勝手に決めつけてるよ だから思い出して もう忘れんな 本当は大好きだって 息を止めていた君を 抱きしめて 二人は手を繋いで 『くらべられっ子』 の歌詞全体から、彼女に何でも話せる友人がいることを示唆する箇所はどこにもありません。 ですから彼女にはそうした存在がいないのかもしれません。 MVと歌詞を照らし合わせるとこの部分の台詞は主人公に対し て 「もう一人の自分」が述べているのだと理解しました。 歌詞を言い換えると 「あなたは劣等感に苛まれ周囲が見えなく なって、勝手に本心である私が無用だと決めつけてるよ」とな り、もう一人の自分が友人として主人公に訴えている言葉だと 解釈できます。 そしてもう一人の自分がこれまで劣等感と闘い続け苦しみもが き、それでも懸命に生きてきた主人公に 「大好き」と伝えてい るように思え感動を覚えました。 「息を止めていた君」とは 本心を押し殺していた主人公であり 「抱きしめた」とは 2つの気持ちが1つになったことを示唆して いるのだと解釈しました。 主人公は自分と向き合えることの大切さ、そして向き合えるま での葛藤を決して忘れることはないでしょう。。 まとめ いかがだったでしょうか。 皆さんも人と比べられる経験をお持ちでしょうか。 もしそうであるならば、MVの彼女に深く感情移入し共感したに 違いありません。 彼女の心情をすべて理解することは誰にもできません。 心の深い闇を照らす光になれるのは、最終的に自分自身なのかも しれないとも感じました。 しかし他者として出来ることは 「誠実に褒める」ということなの だと強く感じます。 特に幼い時に 親から褒められるという経験は子供にとって非常に 重要な側面を持っていることでしょう。 自尊心を失くし劣等感を抱かないようにするために、 他者との比 較を避けて誠実に褒めることが今後も大切になってくると思いま す。 ツユ渾身の力作である『くらべられっ子』 が劣等感と闘い続けるすべての人の背中を押すことを筆者も心から願っています。 透き通るような美しい歌声を披露して下さった 礼衣さんに、また 作品に深く携わった ぷすさん、おむたつさん、 AzyuNさんに感謝 します。 今後もツユの活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。 素敵な作品をありがとうございました。

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ツユ『くらべられっ子』歌詞の意味を考察・解釈

くらべ られ っ こ 歌詞

中山晋平記念館に建つ歌碑 『背くらべ』(せいくらべ、 脊くらべとも)は、。 作詞・、作曲・。 歌詞 [ ]• のは おととしの の 背くらべ たべたべ さんが 計ってくれた 背のたけ 昨日くらべりゃ 何(なん)のこと やっとの (ひも)のたけ• 柱に凭(もた)れりゃ すぐ見える 遠いおも 背くらべ の上まで 出して てんでに背伸び していても のを 脱いでさえ 一はやっぱり 概要 [ ] (大正8年)、雑誌『少女号』に詩が掲載され、曲としては(大正12年)に発売された『 第3集』が初出。 (平成19年)に「」に選ばれた。 歌詞はにを計ってもらった子供の視点で書かれている。 これは海野の17歳年下の末弟、春樹の視点から描いていると言われ、「兄さん」が海野である。 柱の傷が 「一昨年」なのは、 「昨年」は海野がにおり、(現静岡市駿河区曲金二丁目)の実家に帰って来られず、弟の背丈を計ってやることができなかったからである。 実家に帰れなかった理由は諸説がある。 「やっと羽織の紐のたけ」は一昨年からの背丈の伸びが羽織の紐の長さと同じぐらいだとする説が有力だが、背丈自体が大学生の兄(海野)の羽織の紐を結んだ高さとする異説もある。 2番の歌詞は、実家が静岡なのでが登場し、弟が自分の背丈と比較しているのである。 の敷地内、の中山晋平記念館には、同作品の歌碑が建立されている。 関連項目 [ ]• この項目は、に関連した です。

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