雨 あがる。 雨あがる

雨あがる の俳句 : 575筆まか勢

雨 あがる

人生において、人間にとって、大切なもの、・・・勝ち組・負け組と騒いでいる現代でも変わらない・・・それは弱者へのいたわり、やさしさ、思いやる心です。 この作品は、全体を通して、このことを語りかけているようです。 それは強い、強いメッセージとして発せられています。 黒澤明氏の願いでもあるかのように・・・。 浪人の武士、三沢伊兵衛が、ある藩の殿さまに気に入られ、仕官が叶うのか・・・?という物語ですが、その結末ははっきりと描かれていません。 ひとつ、評者に推測しうることは、「刀が人を切るものではなく、人の心を切る」ものならば、ラストシーンが意味するものは殿さまの心は「切られた」ということです。 すなわち、体裁によって物事の判断をするのではなく、体裁が悪くてもその内実によって判断すべきだということ、・・・その内実とは弱者をいたわる心、思いやる心、やさしさから発したものだということです。 殿さまは、伊兵衛とその妻によって、その内実の大切さに気が付かされたのではないでしょうか。 この殿さまは、弱者の声に耳を傾けることのできる良い殿さまです。 伊兵衛と妻のやさしさは、殿さまという権力者の心にも響き、その心を動かしました。 人生において大切なものは、やさしさ、思いやる心、弱者へのいたわりと言うならば、それは一見、無力なもののように思われるかもしれません。 しかし、それは大きな力を持つこともあるのだということをラストシーンは語っているように思われます。 また、日本の美しい風景と弱い立場にある人々のいたわり合いの美しさも充分に描かれ、それらもきっと胸にしみることでしょう。 とても素晴しい作品です。 ぜひ、ご覧ください。 黒澤明の次回作になるはずだった脚本を映画化したもの。 脚本を書いている最中に黒沢が死んでしまったので、生前黒沢に深く関わって世話になっていた 小泉堯史という人が、遺族の意向もあって監督をしている。 ストーリーはほんわかしていて気持ちがあたたまるような内容。 往年の黒澤映画と違って、喋りも聞こえやすい。 ただ、主人公役の寺尾聰以外の役者が本当に大根なのがキツい 殿様が特に酷いのだが、この人は三船敏郎の息子で三船史郎という人。 実際のところ絵面的な演技は悪くないのだが、声が本当に棒読み。 大御所の息子であり三船が残したプロダクションの社長ということで、誰も厳しく演技指導してこなかったのだろう。 ただ、生前黒澤明が手を加えただけあって、やはり脚本は素晴らしい。 心が温まるような内容である。 それだけに、中心人物となる殿様が棒読みなのが本当にキツい。 ある意味、演技力のためなら発声の明瞭さを簡単に犠牲にした黒沢と真逆とも言え すべてのセリフが明瞭ではっきりと聞き取れるのだが 高校生が演劇でハッキリ喋るような棒読み加減で、そこが辛い。 映像技術は黒澤明譲りといった感じで、全体的に優れている。 本来は星3だとなのだが、寺尾聰は当たり役だし、星4くらいが妥当だと思う。 観終った後、清々しい気持ちにさせてくれます。 私にとっては、疲れたときに心の穢れが洗い流されるような作品です。 お殿様、確かに大根役者なのですが、逆にそれが殿の朴訥とした人柄を表わしているように見えて私は気になりませんでした。 地味に淡々と物語が進んでいくので、メリハリ展開が好きな方には物足りなさを感じるかもしれませんが、その淡々としたところにじんわりと心に染み込んでくるものがあります。 最後まで描いていないけど、結末がわかるようになっているところがまた想像力が広がって爽やかな余韻がむずむずと心に残る感じでした。 辛口レビューもあって意外だったけど、なるほどーと思うところもありつつ、でもやっぱり細かいところは気にならないし観るたびにほっこり清々しい気持ちになるんで、私は好きな作品です。 映像はとても良いです。 また「おとのさま」の【キャラクー】もとても良いです。 あと賛否両論ありそうですが剣劇部分も割と良いです。 また表情その他も「好ましい」のですが、どうしても細やかさ等に欠け 雑…というか「舞台劇ではとても映える」演技なのですが、 映画やドラマみたいな「アップがある作品」では「大袈裟」または 「雑」に見えてしまう感じがあり、そこが惜しいところでした。 夫人が仙人クラスの寛容性があるからまだ良いですが、 そこがまた彼女の不遇さを際立たせてしまって非常に辛いところです。 『彼女だって「良い」と言ってる!』と思う人もいそうですが、 あれはもう「諦観」の域であり、そうした部分を「良さ」として 「女性に言わせている」というのも辛いところです。 あの境遇や言動を見て『ほら!彼女も認めたんだよ!』と思う人がいたら、 ご自分が主人公と似た言動をして「自分に酔っていないか」を 客観視した方が良いかもしれません。 映像美は非常に良く、「おとのさま」との立会い含めた剣劇部分も 「相手の力量が主人公の細かな動きや仕草で分かる」など、 とても良い部分や演出も多い作品です。 が、 【人情味】について、本作品の様に 「自分の大切な人の意思や境遇を犠牲にして、 自分のしたいことをする」というのはどうしても 許容しにくい部分でした。 が、大切な人を犠牲にする前提で、というのは 観ていてどうにも辛いところでした。 最後は「諦観」気味に夫人も「認め」ていましたが、 その境地に至るまでにどれほどの不遇さや辛酸をなめたかは 想像するとそれだけで切なくなる部分です。 こうした【人情味】の部分は、 1)本人が、1人だけで行う か、 2)本人と同行者、双方が同じ考えを持ち、共感し合っている 場合なら全く問題無く受け入れやすいですし、 私もどちらかなら気持ち良く鑑賞出来たと思います。 が、本作品は本人だけが『やむにやまれぬ』動機で 片方の意思や思いを踏み躙る形で行うため、 その部分が惜しい作品でした。 「おとのさま」に召し抱えられて『今度こそ』で幸せになるか、 すれ違って『今のまま』となるも(主観的には)「幸せ」のままか、 はたまた城内で再度トラブル化して『またしても』となるのか、 結末はある程度示されているとはいえ「最後」がどうなるかは分からず、 そこはある意味では良い部分でした。 「他者に幸福を与える行動」は、「自分だけが犠牲となる」ならまだ良いですが、 周りを巻き込んでいく場合は「同時に不幸を撒き散らす行動」になります。 巻き込んだ周りを幸福にするならその場合は許容されうることもあり、 【作品終盤に至った後】でなら夫婦もそうなりますが、 それまでを考えると歓迎出来る言動ではないでしょう。 この辺りも、もう少し上手に演出して、 女性側が映画開始時点で既に理解して受け入れているだとか、 「**試合をするに至る経緯」を丁寧に演出するだとか、 もう一工夫すれば一気に良くなっただけに、 どうにも惜しい作品でした。 主人公に対しても、快活に接すると同時に臣下の意見と自分の意思を折り合い付け、 面目を潰された後も冷静に他藩での「問題」の「根」を見極め、 かつ自分の意思と老臣の意見とが「対外的に問題無く見える落としどころ」を見つけ、 それでいてなお夫人の台詞で再度意見を変更する…など、 アリエナイくらいの「理想的な上司像」で描かれています。 主人公にも『ここなら』と言わせていましたし、 実際存命中であれば双方に利がある状態で良好な関係となったでしょう。 まさに「名馬はそれを見極める人物がいてこそ」を体現するキャラクターです。 また、主人公が「大切な人を犠牲にする形で、他者を幸福にする存在」なのに対して、 「おとのさま」は「大切な人(臣下)を犠牲にせず、自分の体面等も柔軟に考え、 それでいてなお有能な人物を迎え入れる方法を模索する」という、 「大切な人」「自分」「相手」の 【全員へ犠牲を強いずに幸福をもたらす存在】という<対比>は、 (意図的なのかは不明ですが)非常に面白い部分だと感じました。 主人公は「他者を幸福とする際に自分や大切な人に犠牲や我慢を強いるのが当然」 と考え、また周りにもそう考えさせるのに対して、 おとのさま側は「他者を幸福とさせるのに、自分や周りを犠牲にせずとも 上手に対応することで気遣い等の気持ちの面でも、また実利面でも、実行可能」 と動いていたのは非常に興味深い対比でした。 ある意味では主人公は「独善的」「偽善的」な存在だったのに対して、 おとのさま側はそうではなく、年下だけでなく年上の臣下(部下)からも信頼され、 また最終的な決定の過程では彼らの意見も取り入れ、決定時も総合的に判断するなど、 【感情=自分優先】な主人公に対して【理性的=全体視点】な対比も興味深いところでした。 それでいて自分の気持ちや他者への気遣いその他の「感情面も重視する」など、 <キャラクター>としてとても好ましい演出がされていました。 短気な部分すらも「正直さ」と臣下達には捉えられていそうですし、 欠点が長所になりうるという面白いキャラクターであり、 主人公側が逆に「長所が欠点となっている状態」との対比も 面白かった部分ではありました。 もしかしたら、【あえて主人公に偽善者設定をすることで、 裏の対比主人公=理想像を藩主に集約させていた】のかもしれませんが、 その辺りまで踏み込んで鑑賞すると、別の視点から面白さが出る映画でした。 もしもこれらが【盛大な<皮肉>】で、「主人公を賞賛している風で、 実際には藩主との対比で下げている=NOT賛美」とかだったら 映画としての質が非常に高い作品なのですが、 その辺りは少し気になった部分でした。

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雨あがる (時代小説文庫)

雨 あがる

目次 1. 「雨あがる」の作品情報 1-1. 作品 1-2. 「雨あがる」のあらすじ 1-3. 「雨あがる」の監督・小泉堯史 2. 「雨あがる」の見どころ 2-1. 「雨あがる」の殺陣 2-2. 黒澤映画と日本刀 3. 最後に 1. 「雨あがる」の作品情報 1-1. 作品 人を押しのけてまで出世することが出来ない心優しい武士と、そんな夫を理解し支える妻の心暖まる絆を描いた時代劇。 山本周五郎の短編小説を原作とし、黒澤明が次回作として準備していた作品。 1998年に脚本執筆半ばにして黒澤明が死去したため、20年以上黒澤監督に師事し、5作品で助監督を務めた小泉堯史が残りの脚本を完成させ、監督しました。 スタッフは黒澤組が再集結し、役者陣も黒澤映画にゆかりのある面々がキャスティングされています。 完成した作品は日本アカデミー賞で最優秀作品賞の他数々の賞を受賞し、さらにヴェネツィア国際映画祭で緑の獅子賞を受賞。 その後数々の名作を生み出すことになる小泉堯史監督の華々しいデビュー作となりました。 1-2. 「雨あがる」のあらすじ 享保時代、武芸の達人でありながら、人の好さが災いして仕官がかなわない浪人・三沢伊兵衛 寺尾聰 とその妻たよ 宮崎美子。 妻は、人を押しのけずに人々に希望を与える夫を暖かく見守っているが、職のない伊兵衛は日々妻に申し訳なく思っている。 旅の途中、折からの豪雨が夫婦を河畔の宿場町に足止めさせる。 やがてその雨があがる頃、城主にその腕を偶然認められた伊兵衛は、藩の剣術指南番に招かれるが…。 1-3. 「雨あがる」の監督・小泉堯史 カメラマンとして世界を放浪する一方で、1970年黒澤プロに参加。 黒澤明監督の弟子として脚本執筆を手伝い、1980年の「影武者」以降5作品で助監督を務めました。 初監督作品監督「雨あがる」で数々の賞を受賞。 その後も、「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」など、常に上質な映画を送り出して来ました。 2018年の時代劇映画「散り椿」では脚本で参加。 最新監督作品は2020年公開を控えている「峠 最後のサムライ」です。 デジタル技術が発達した今でも、昔ながらの技法である、35ミリフィルムカメラを使い3台のカメラで一発撮りする「ワンシーン・ワンカット」にこだわり、ワンシーンごとに役者の心の機微を見逃さない緊張感のある映像を作り上げます。 役者にとっては、まるで舞台上で演技しているように感じるそうです。 黒澤組で培った技術を、時代劇が少なくなった昨今でも自身の映画でふんだんに使っている小泉監督の映画がこれからも楽しみです。 「雨あがる」の見どころ 2-1. 「雨あがる」の殺陣 「雨あがる」の主人公、三沢伊兵衛は無外流の達人で、劇中では敵なしの強さです。 しかしとても人が良く、劇中では現代風の丁寧な敬語で話し、妻にも敬語で話します。 「刀は人を斬るものではない。 自分の馬鹿な心を斬り捨てるために使うものです。 」と話し、劇中では一人も人を斬っていません。 華奢な身体つきでありながら向かって来る敵は体術だけで無力化するほどに強く、刀を抜くシーンでも、刀の刃の逆の峰 みね で相手を叩く「峰打ち」で敵を次々と打ちのめしていきます。 「雨あがる」の殺陣の特徴は、これほどまでに強い伊兵衛の表現の仕方です。 刀は構えずに下げ刀で肩の力を抜き、相手の剣の中をするするとかわし、後の先で仕留めます。 力んでかかって来る相手は伊兵衛の敵ではなく、身体の使い方にあきらかな差があります。 身体の脱力は実際の武術においても極意であり、相手の力の起こりで動作を見抜き、脱力の身体でさらりとかわし、後の先で仕留めることは、理想的な動きと言えるかもしれません。 知っていてもなかなか出来ることではありませんが…。 また、ちょっとした動きだけで相手を止めたり、相手の懐に潜り込んで柄頭 つかがしら を突き付けたりと、他の時代劇ではなかなか見られない所作も見られます。 そして伊兵衛は勝った後、「大丈夫ですか。 怪我はありませんか。 」と気遣って、相手をさらに傷つけてしまい、それが原因で仕官が上手くいかないという設定も面白いです。 伊兵衛がなぜここまで強くなったのかの経緯も劇中で語られていますが、これもまた伊兵衛の人間性ならではの面白い設定です。 三船史郎扮する藩主の豪快な槍との勝負も見どころです。 2-2. 黒澤映画と日本刀 「雨あがる」には刀にフォーカスを当てたシーンがたくさん登場します。 長雨で安旅籠に足止めを喰っていた伊兵衛は雨があがると、身体を動かしてくると言って一人森に入ると刀を抜き、居合の型をいくつか振ります。 伊兵衛役の寺尾聰は、この映画のために居合を半年習ったそうです。 このシーンでは抜刀から納刀まで空気感をしっかり見せてくれます。 他にも、剣術指南番候補として城に招かれた際にも、藩主に「差料を拝見したい。 この刀は師である無外流の剣客・辻月丹 仲代達矢 からもらった刀で、これを丁寧に拝見した藩主は、「刀は武士の魂と言うが、実に見事じゃ。 」と感嘆します。 伊兵衛は旅籠に戻ると妻に、「この刀、大変褒められましてね。 」と嬉しそうに話します。 黒澤映画にはこのように、刀にフォーカスを当てたシーンが散りばめられています。 「七人の侍」では、孤高の剣客・久蔵 宮口精二 が深夜単身敵の陣地に赴き、数人斬り伏せ、鉄砲を奪って帰って来ると、刀を愛おしそうに抱き眠ります。 菊千代 三船敏郎 は、敵との決戦に備え、「一本の刀じゃ五人と斬れん。 」と言って、抜き身の刀を何本も地面に差し、それを持ち替えながら敵と戦います。 これは、刀で人を二人も斬ると血と脂肪で使い物にならなくなると言われているところから来ています。 「用心棒」では役者に本物の刀を差させて撮影し、腰がふらつかないようにしました。 黒澤監督は映画の中で刀を丁寧に丁寧に描き、刀に存在感を与え命を吹き込みました。 これは、弟子である小泉監督にもしっかり受け継がれています。 最後に 「雨あがる」は人を憎まない心優しい浪人、伊兵衛と、そんな夫を時には優しくたしなめながらも立て続ける妻との夫婦愛と、それを取り巻く人間模様が美しく、観終わった後にほっこりする作品です。 寺尾聡扮する伊兵衛の、腕は立つがとてもそんな風に見えない物腰柔らかすぎる人間性が面白く、また心地よいです。 こんな風な人だったらと人間性を取り入れた殺陣を考えてみると、面白い殺陣が出来そうですね。 原田美枝子、松村達雄、井川比佐志、仲代達矢といった黒澤映画を支えた名優達が脇を固め、それぞれの演技が光ります。 一見奔放で猛々しくも、人を好み、伊兵衛の弱いところも理解しようとした藩主・永井和泉守重明役の三船史郎がいい味を出しています。 伊兵衛が城からの帰り道に、町道場の連中に囲まれる殺陣があります。 よく殺陣で、「絡みがザザッと出る。 」という指定があるかと思いますが、この殺陣の囲まれ方を見るとイメージがしやすいのではないかと思います。 1時間半と比較的短い映画ですが、時代劇の魅力が存分に詰まっているので、時代劇を観たことがない人にもおすすめの一本です。 【参考文献】 週刊日本刀 著者:デアゴスティーニジャパン.

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雨あがる (時代小説文庫)

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