鉄 コン 筋 クリート 映画。 『鉄コン筋クリート』映画ネタバレ結末と感想!怖いがメッセージ性が強い

鉄コン筋クリート : 作品情報

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注目のレビュー:鉄コン筋クリート• 2009-12-13 by この街が少年の全てだった。 インドと近未来が混在したレトロな下町。 冒頭から私たちはカラスの視線で一気にこのゴミゴミとした街の住人となる。 ふたりでひとり、シロ(蒼井優)とクロ(二宮和也)。 無垢な魂と抑えきれない怒りとエネルギー。 空を飛んでいた子供から青年へ成長する時に感じるヒリヒリとするような葛藤と、危く壊れそうな心。 この作品を観るのは何度目だろう。 回を追うごとに眼を奪われが...... 15人がこのレビューに共感したと評価しています。 2007-08-09 by このサイトのレビューが大変面白かったので、ビデオでではありますが観てみました。 日頃、漫画やアニメをほとんど観ていないので、漫画の世界の豊穣さを知りません。 なので、この映画の評点をつける能力もないし、他の作品と比較しての感想なども書くこともできないんです。 しかも、この映画、一度観ただけではとっても理解できないと思いながらもレビューを書くなんて、ためらいもあります。 でも、「映画生活」に参...... 11人がこのレビューに共感したと評価しています。

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鉄コン筋クリート(アニメ映画)の感想/評価、レビュー一覧【あにこれβ】

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二人の少年クロとシロの住処です。 そんな宝町にある日ヨルとアサ兄弟がやって来ます。 二人はこの町を手に入れる為、この辺りを取り仕切っている「ネコ」という少年に戦いを挑みに来たのです。 その頃電信柱の上で町を眺めていたクロは、以前町から出て行ったはずのネズミが舎弟を引き連れ町に戻ってきているのを目撃します。 一方シロは町中でヨルとアサに遭遇。 二人はシロにネコのことを尋ねますが、いつの間にか頭上の看板の上にはクロの姿が。 クロとシロがにやりと笑うのを見て、こいつらがネコだと気付くアサとヨル。 四人の少年達の戦いが始まります。 人間離れした身体能力を持った彼等は町を駆け巡り、ビルからビルへと飛び回ります。 ついに時計台にシロを追い詰めたヨルとアサでしたが、実はそれはクロとシロの罠。 五時になった時計台から巨大なガネーシャ像がクロを乗せて現れ、油断したヨルとアサはやられてしまいます。 地元警察宝署に勤める藤村達にも警戒されている、そんなクロとシロの住処は高架下の車。 海の夢を見ていたシロは目を覚まし、一人で遊びながらクロの帰りを待っていると、やがて帰ってきたクロは「今日の分」と言って盗んできた金銭類をシロに投げます。 シロは感激しながら、それらを大事にブタの貯金箱に入れます。 このブタがいっぱいになったらこの町を出て海の傍に住もうと二人は約束しているのです。 その頃舎弟の木村達と共に町中を徘徊しているネズミ。 町の住人は皆彼等を避けていきます。 そんなネズミ達の前に現れたのは藤村とその部下沢田。 やはりお前かと嫌な顔をする藤村に、これはこれは天敵藤村じゃないかと薄笑いを浮かべるネズミ。 近々この町で騒ぎが起きるぞと所謂宣戦布告を残し、ネズミ達は去って行きます。

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鉄コン筋クリート(Tekkon Kinkreet)のネタバレ解説まとめ

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映画「鉄コン筋クリート」は作画やアニメーションが精巧で、独特な世界観にファンが多い作品でもあります。 そんな鉄コン筋クリートのタイトルの意味や理由について考察していきましょう。 鉄筋コンクリートが言えなくて出た言葉 原作者である松本大洋によると、小さい頃に「鉄筋コンクリート」と言おうとしてうまく発音することができずに「鉄コン筋クリート」となってしまったことから、この言葉が生まれたそうです。 映画「鉄コン筋クリート」の主人公も小さい男の子2人であり、シロは特に幼児のような雰囲気をもっていることから、主人公たちや作品の世界観を表す言葉として「鉄コン筋クリート」をタイトルにしました。 小さい子供がうまく言えない言葉と言えば、「とうもろこし」を「とうもころし」と言ったり、「スプーン」を「プスーン」などもあるように、語感だけで幼い可愛らしい世界観を演出できる言葉があります。 1960年代にあったギャグ 奇しくも松本大洋が生まれた1960年代にはギャートルズなどで有名なマンガ家の園山俊二が、自身のマンガの中で「鉄コン筋クリート」という言葉を使っているといいます。 映画「鉄コン筋クリート」の原作者・松本大洋が園山俊二の作品を読んでいた可能性もありえますが、幼児に起こりやすい言い間違いの言葉なので、松本大洋が参考にしたと言っていない以上は無関係でしょう。 シロとクロの互いに欠けたネジを表している 通常は「鉄筋コンクリート」であり、「鉄筋」と「コンクリート」が合わさって出来上がる建築構造物を指します。 ちょうどシロとクロが2人で1つとして活動している様子が表された言葉と言えます。 しかしそれを「鉄コン」と「筋クリート」という風に、それぞれの言葉を入れ替えてアンバランスにしている言葉が「鉄コン筋クリート」です。 シロとクロはお互いに神様がネジをつけ損ねて欠けている部分があり、そのお互いに欠けているところを補い合っているということをうまく表しています。 宝町の街並みを表している 「鉄コン筋クリート」はその言葉だけで、「鉄筋コンクリート」を想像することができます。 映画「鉄コン筋クリート」の舞台となる宝町の建物や背景の多くはむき出しの構造物、鉄筋が見えていたりしており、昭和と異文化が融合した街をうまく表現しています。 映画「鉄コン筋クリート」で松本大洋が伝えたいことやメッセージとは? 映画「鉄コン筋クリート」には印象的なフレーズや心理描写が多く出てきますが、結局何を伝えたいのか?が難解でわかりにくい作品です。 原作者の松本大洋は映画「鉄コン筋クリート」で伝えたいことはなんだったのか? 作品に込められたメッセージを考察していきます。 少年のアイデンティティの確立と大人への成長 映画「鉄コン筋クリート」は主人公の一人・クロの成長を描いた作品だと見ることができます。 自分自身の存在を宝町という街そのものだと思っていたクロが、得体の知れない止められない街の変化に遭遇し、反発するものの飲み込まれていきます。 そうした先に、本当の自分というものを求めて成長していくサマを描いた作品だと言えます。 シロが中盤から言っていくように、宝町の変化を止められないのなら自分たちが住むことができる新しい環境を求めていく、そうした柔軟さをクロも映画のラストでは手に入れています。 社会の変化にどう向き合っていくべきか 映画「鉄コン筋クリート」の舞台である宝町は、古き良き昭和のイメージを捨てて生まれ変わっていきます。 古いものを捨てて新しいものに生まれ変わる社会の変化を受け入れられる人もいれば、クロや鈴木 ネズミ のように受け入れられずにいる人たちもいます。 それぞれの姿を群像劇としても描いており、変化を受け入れたとしても飲み込まれて潰されていく人間や全く何も変わらない人間、愚痴を言いながらも生活を続ける人間・・・と多様な姿を描いています。 絶望の中にも希望がある 映画の終盤に「子供の城」にやってきて、蛇の手下の殺し屋に命を狙われたクロを助けるためにイタチが現れ、闇の世界に取り込まれて一つの存在になろうと誘惑してきます。 映画ではこの誘惑との葛藤を抽象化した映像でまとめていますが、原作コミックではクロが誘惑に打ち勝った要員として、地獄のような宝町であってもリンゴがタネから芽を出して生まれたことを知り、闇に飲まれ欠けていたクロの心に希望の芽が生まれます。 宝町という荒廃して法規もあってない地獄のような世界であっても、命は生まれてくることやその強さを伝えています。 カテゴリー•

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