古市 憲寿。 古市憲寿のWIKI風プロフや学歴、家族構成が一風変わっていた?自己中が必要だと主張する意味とは?

“空気を読まない”コメンテーター古市憲寿、なぜ重宝? “炎上に対する無関心さ”が背景に

古市 憲寿

古市憲寿さんは「軽さ」を演じてきた人だと思う。 彼はぼくより六つくらい年下で、学者としてメディアで発言した期間が少しだけ重なっている。 『絶望の国の幸福な若者たち』(2011年)以来、何冊か出た初期のシリーズはページの下部に脚注の欄があり、まじめな出典(参考文献)の紹介と古市さんのギャグとがごちゃまぜに記されていた。 「ふざけた書き手が出てきた」と本気で怒った研究者も多かったけど、一般書だと主張の典拠まで表記する余裕が普通は取れないなか、こういう茶化した形でしっかりスペースを手に入れるあたりが、なんとも評価に困る人だった。 もっともそのころ、ぼくは大学の准教授をしていて、さすがに授業では「学者が論文につける注とは「本文に対するツッコミ」のことではありません」と教えていた。 ツッコミ型の注の例として朗読させるのは『なんとなく、クリスタル』(1980年)。 主人公のファッションモデルが「レイン・ブーツ」と言う箇所の注で、著者の氏が「長ぐつのことですよ、長ぐつ!! 」と嗤ったりする、あの小説だ。 そんな経験があるせいか、古市さんが「なんとなく、2. 0」のような『平成くん、さようなら』(2018年)で文学賞の候補になっても、あまり驚かなかった。 古市さんらしいな。 彼が小説を書くならこうだろうな、と思った。 びっくりしたのは、その後だった。 もういちど同じ賞の候補になった『』(2019年)は、本人の暮らしはまったくクリスタルでなく、むしろ仕事でクリスタルなタワーマンションの窓ガラスを拭き続ける青年が主人公。 ただしデジタル機器の操作は得意で、「タワマンに住んでる人が言いそう」な価値観自体、実はいくらでもネットからコピペできることに気づいている。 すべてが透明になりきった世界は、どこまで行っても「他に替えられないもの」が見つからない地獄かもしれない。 先輩の墜落死がトラウマになった青年は、シャンパングラスの乾杯で似た音が出るのを怖れる。 重力を無化するようだった古市さんの「軽さ」は、作品を救わなくなっている。 そして今回の『奈落』は、ステージから落下して全身不随になった歌手の物語だ。 意識は戻っても意思表示ができない彼女の視線で、『平成くん、さようなら』ではSF化されて煌びやかに回顧された同時代史が、裏側から辿りなおされる。 ネタバレはしないけど、『百の夜は跳ねて』の主題とも関連した小道具が、より禍々しく使われるとだけ書いておく。 彼女の境遇をこれ以上紹介したら、たぶん引いちゃって手にとる人が減るだろう。 なのに不思議と読んでいて殺伐としないのは、定期的に主人公(香織)の父・母・姉・元彼へと視点が切り替わり、五人のあいだでのあまりの認識の不一致が、どこか可笑しさをそそるからだ。 ある人の目線では大真面目な執念が、隣人の視点からはジョークにしかなっていない。 そうした「視線のずれ」は、コメディの基本である。 ふと思う。 見る人が古市さんの言動や作品に感じてきた「軽さ」は、彼個人が軽い人だから出てきたものなんだろうか。 そうではなく本作の笑いのような、何か集合的な相互作用の結果として、軽さは生じていたんじゃないか。 ぼくの世代までの学者や物書きには、知的階級たるもの重々しくあらねばならず、「軽いやつと思われたら負けだ」とする暗黙の規範がある。 古市さんはそうした老人たちを苛立たせてきたけど、ひょっとしたら彼より下の世代には「重たがられたらイタい」みたいな正反対の抑圧があって、それが無意識に「軽さ」の偶像を求めたのかもしれない。 『奈落』の香織は、女子高生のときスカウトされてデビューし、若者のカリスマになりかけた存在だ。 事故の結果、彼女は当時の意識のまま、肉体だけが老いてゆく。 『AKIRA』(映画は1988年)の「年老いた子供たち」のように、こうした精神と身体のアンバランスは、しばしば戦後日本の戯画として描かれてきた。 そんな「歴史が重たかった」時代といちばん無縁に見えた古市さんが、大好きな平成歌謡史を素材にこの作品を書いたことを、ぼくは興味深く思う。 一見軽やかな古市さんのような人にも、見えない重力がずっと働いているらしいことは、本作でわかった気がする。 しかしなぜ私たちの社会では、クリスタルは濁らずにはいられないのだろう。 それだけが、ぼくにはいまもわからない。 (よなは・じゅん 歴史学者) 単行本刊行時掲載.

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古市憲寿氏と伊藤隼也氏が生放送で言い争い 視聴者は「口論やばすぎ」

古市 憲寿

当初は「パクリ疑惑」も…酷評ぶりがネットで注目 古市氏の芥川賞落選ツイートには、「面白い」「読後感が心地よい」「自分を重ねて読んだ」などとファンの声援も多く、書評などではセカイノオワリ・藤崎彩織や政治学者の三浦瑠麗氏、書評家の豊崎由美氏や大森望氏も賛辞をおくっています。 一方で、芥川賞選考委員のプロ作家たちは厳しい評価。 そのひとつの要因は、古市氏の小説が「参考文献」として、木村友祐氏の小説「天空の絵描きたち」(『文學界』2012年10月号掲載)を挙げていたことで、複数の選評が「天空の絵描きたち」との関連をネガティブに指摘していたのです。 『文藝春秋』に載った酷評のキャプチャとともに投稿されたツイートには、1万を超えるイイネやリプライが付きました。 要するに、古市氏の小説が選考委員たちにこっぴどく酷評されて、「パクリ疑惑」まであるようだ……ということを、「ザマーミロ」と喜んだ人たちがたくさんいたわけですが、日頃から「なんかテレビでの古市、気にくわない」ということで、作品を読んでいない人も多いと思われます。 文藝春秋2019年9月号 8名の選考委員のうち4名が参考文献の件に触れていました。 山田詠美氏は、参考文献の「天空の絵描きたち」を<候補作よりはるかにおもしろい……どうなってんの?><いや、しかし、だからといって、候補作が真似や剽窃に当たる訳ではない。 もちろん、オマージュでもない。 ここにあるのは、もっとずっと巧妙な、何か。 それについて考えると哀しくなって来る>としています。 山田詠美氏と同様に<わたしは悲しかった>と評したのは川上弘美氏です。 川上氏は「古典」ではない小説が参考文献にあげられていることに驚き、その作者である木村友祐氏の声がそのまま古市作品の中に消化されず響いていると、強い影響を指摘。 <小説家が、いや、小説に限らず何かを創り出す人びとが、自分の、自分だけの声を生みだすということが、どんなに苦しく、またこよなく楽しいことなのか、古市さんにはわかってないのではないか> <古市さんのおこなったことは、ものを創り出そうとする者としての矜持にかける行為であると、わたしは思います>と綴っています。 吉田修一氏は、<本作に対して、盗作とはまた別種のいやらしさを感じた。 ぜひ読み比べてほしいのだが、あいにく『天空の…』の方は書籍化さえされておらず入手困難であり、まさにこの辺りに本作が持ついやらしさがあるように思う>と厳しく指摘。 これらの選評に対してSNSでは、「パクリよりタチが悪いと言われているようなんだけど……」、「出版されていない小説を探して翻案して小説を書いたなんてヤバい」「『え、なにがいけないんですか~』って、言ってる顔も思い浮かぶわ」などと多くの声が飛び交いました。

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古市憲寿の高校や大学の学歴・出身情報!昔の画像がチャラくロンダリング疑惑も!

古市 憲寿

フジテレビ(「」より) 3月12日放送の情報番組『 とくダネ!』(フジテレビ系)で新型コロナウイルスについて取り上げた際、社会学者の 古市憲寿氏と医療ジャーナリストの伊藤隼也氏が激しく口論を繰り広げる様子が「ガチ喧嘩」「放送事故か」と話題になっている。 そこに、古市氏が「でも伊藤隼也さんがデータとか言っても、ちょっとなんか信じられないのは、なんかインフルエンザワクチンとかにも反対してるじゃないですか?」と反論。 その後、以下のようなやり取りが続いた。 伊藤「僕はインフルエンザワクチンには反対してないです」「僕がこういう場でインフルエンザのワクチンに反対してるって言ったことがないので」 古市「ツイッターで言ってましたよね?」 伊藤「ツイッターでインフルエンザのワクチンに反対してるとは言ってません」 古市「効果がないってことを言ってましたよね?」 伊藤「僕はやらないと言ってるだけです」 古市「効果がないって言ってましたよね?」 伊藤「効果がないとは言ってないです」 古市「ちょっと伊藤さんの言うデータ、科学的っていうのはちょっとわかんないですけど」 伊藤「いや、僕は治療現場から話を聞いてるんで、古市さんみたいになんのデータもないところで『安全だ』と言うことのほうが問題だと思います」 古市「僕ももちろん、根拠があって言ってますけど」 伊藤「じゃあ、どんな根拠ですか? 言ってください」 古市「それこそ専門家会議で発表された情報……」 伊藤「専門家会議はちゃんと言ってますよね? 4日が2日になって翌日でもいい……PCR検査が必要だ、根拠だとおっしゃるんであれば、古市さんの言ってることは……」 古市「PCR検査が必要ないって、僕言いました?」 見事に平行線をたどる議論に、視聴者からは「古市、よく言った」「朝から生放送で喧嘩しててびっくりした」「『朝生』のバトルみたいで、もうちょっと見ていたかった」との声が上がっている。 『とくダネ!』といえば、11日にはMCの小倉智昭氏がデイサービスについて「デイサービスって、食堂に毛が生えたような談話室みたいなところでしょ?」「お年寄りがみんなで集まって、歌を歌ったり折り紙したりとか、そういう状況ですから。 本当、子どもの学校と変わらないんですよ」などと発言して話題に。 ネット上では、以下のような批判が相次ぐなど炎上した。 「デイサービスのおかげで助かってる家族はたくさんいるはずなのだが」 「いくらなんでも介護職をバカにしすぎ。 せめて現場を見てから言ってほしい」 「明らかに暴言だし、上から目線」 「家族がデイサービスを利用している身としては、怒りがこみ上げてくる発言」 また、小倉氏といえば、9日放送の同番組での発言も物議を醸したことが記憶に新しい。 この日、取り上げたのは、静岡県議会議員の諸田洋之氏がインターネットオークションにマスクを大量出品していた問題だ。 諸田氏は過去にMERS(中東呼吸器症候群)が流行した際、自身が経営する貿易会社で大量に仕入れた医療用マスク2000枚セットなどを2月4日から3月6日までの間に89回にわたり出品し、合計888万円を売り上げたという。

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