お経 ラップ。 『般若心経』を現代語訳するとこうなる

日本ビニル工業会 :: 塩ビに関するQ&A 答え

お経 ラップ

もっとも有名なお経の1つ 『般若心経』は短いお経であり、おそらく日本でもっとも広く知られているお経です。 そして、知られるだけの内容が、確かにこの経典には存在します。 ただ、 読めばその内容が理解できるかといえば、それは難しいと言わざるをえません。 基礎的な仏教の知識がなければ理解できない言葉がいくつもでてきますし、余分な言葉は削ぎ落とされてエッセンスだけで構成されているため、わかりやすく伝えようとする配慮は皆無。 それだけに、解説書も山のように存在します。 しかし悩ましいのは、その解説書がまた難解なところ。 解説書の解説書が必要なのではないかと、私自身、思わず断念して閉じてしまった本も少なくありません。 『般若心経』の構成 『般若心経』は ブッダの弟子の一人であるシャーリプトラに、観音菩薩が教えを説くというシチュエーションで全文が構成されています。 しかし、それも一般的には知られていないことであり、それがこの物語の理解を一層遠ざける結果となってしまっているようにも思います。 じつは日本に伝わっている『般若心経』は「小本」とよばれるものであり、このほかに「大本」よばれるものが存在するのです。 「小本」と「大本」は、その説かんとする内容に違いはありませんが、 「大本」にはプロローグとエピローグが付いているという点が異なります。 そこで述べられている状況設定が「小本」には存在しないため、どうしても「小本」は唐突に話がはじまるように感じられてしまうのです。 もし「大本」の内容を知りたい方は、『般若心経』の訳本として古典のような不動の存在となっているをご一読されることをオススメします。 わかりやすく現代語訳する 物語のなかで観音菩薩は、一人の人間のような存在として登場しているので、ここでの訳においても観音菩薩は人間のような存在として書きました。 そのほうがわかりやすいと思うからですが、そうした配慮が果たして訳として相応しいかといえば、それはわかりません。 私はあくまでも、 1つの物語としてもっとも理解しやすい形の『般若心経』の現代語訳が書きたいのであって、原文を忠実に訳したいわけではありません。 『般若心経』は何が言いたいのか、何を伝えたいのか、その意図するところを訳したいのです。 したがって、原文には記載がないけれども補足すべき事柄があるというような箇所には、注釈とすべきことも本文のなかに組み込んで書きました。 これはもう訳を越えてしまっているわけですが、それがなければ『般若心経』をわかりやすく読むというのは不可能に思います。 正確性を重視した忠実な訳の解説書は数多あるので、ここで一通り内容を理解した後にそれらで詳細に学ぶという方法をとったほうが、おそらくは理解しやすいものと思います。 では、さっそく『般若心経』の現代語訳(私訳)に移りましょう。 太字で書かれているのが原文で、( )に書かれているものが読み方(唱え方ではない)で、その下に書かれているのが訳になります。 照見五蘊皆空 度一切苦厄 (しょうけんごおんかいくう どいっさいくやく) 私たち人間という存在は、身と心によって成り立っている。 だから私は、自分とは何かを知るために、 この身と心のどこに自分が存在しているのかを確かめようとした。 しかし、物質的な肉体も、視覚・聴覚といった感覚作用も、それを受けとる知覚も、あるいは意思や認識といったあらゆる精神作用すべて、どれを詳細にみても「これこそが自分だ」というようなものを見つけることはできなかった。 確固たる自分は、どこにも存在しなかったのだ。 驚いたことに、 「自分」という実体は、じつはこの世界のどこにも存在しなかったのである。 その真実を知って私は驚きを隠せなかったが、同時に苦悩から解き放たれるような安らぎを覚えた。 色不異空 空不異色 (しきふいくう くうふいしき) まず私たちの体を詳細に観察すれば、これは「体」という固有の「もの」が存在するのではなくて、たとえば原子というような、様々なものがくっついて出来上がっていることがわかるだろう。 つまり「体」が存在するのではなく、いろいろなものが集まってできた「物体」を、私たちは体と「呼んでいる」にすぎないのだ。 これは事実として理解できるね? 体というものは、いや、体だけでなくあらゆる物体は、それ固有の実体が存在しているのではなく、あくまでも何かが集まった「状態」にすぎない。 不変の自分、つまり自性(じしょう)と呼ぶべきものはなく、すべて無自性なのだ。 この、 「あらゆる物体に実体はない」という真実に、まず名前を付けてしまおう。 「物体に実体は存在しない」という真実を、「空」と名付けることにするから、これから私が「空」と言ったら、「物体に実体は存在しない」「自性がない」という意味であると覚えておいておくれ。 色即是空 空即是色 (しきそくぜくう くうそくぜしき) 私たちが感じとるあらゆる物体は、固定的な実体がなく「空」という性質によって成り立っている。 存在を支配する根本の原理は、この「空」という真実なのだ。 そして 存在は「空」であり、変化をする性質であるからこそ、あらゆるものは形をもつことができ、また形を変えることができるのである。 もしも固定的な物体が存在したら、その物体は何をどう加工しようとしても変化をしないことになる。 変化をしないから固定的な物体なのだ。 しかしそのようなものは、この世界のどこにも存在しない。 どのようなものであっても変化をし、だからこそこの世界には多種多様な姿や形をしたものが存在している。 受想行識 亦復如是 (じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ) そしてその「空」という性質は、物体だけでなく、精神作用にもあてはまる。 すなわち、感覚・知覚・意思・認識といったあらゆる精神作用も、形こそないが、変化をするという法則のなかにある。 つまり、物体である身も、精神作用である心も、どちらにも固定的な実体は存在しないということだ。 これが何を意味しているかわかるだろうか? そう、 自分とはこの身と心であるにも関わらず、身にも心にも実体としての「自分」が存在しないということなのだ。 固定的な存在としての「自分」は、どこにも存在しないのである。 ただ、 私たちは脳という器官があり、「考える」という営みができ、「自分」という概念を想起することができるため、この身と心を具えた一つの物体、つまりが自分という存在を、自分だと認識することができる。 できる、というよりも、認識してしまっている、と言ったほうがより正しいかもしれない。 しかし真実としては、自分というものは存在しない。 これはつまり、 「自分」という存在は固定的な存在ではなく、流動的な「状態」の一つにすぎず、結局自分も「空」だということである。 不生不滅 不垢不浄 不増不減 (ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん) あらゆる存在が「空」だとわかると、面白い事実に気がつくことになる。 私たちは、命は生まれて死ぬものだと考えがちだが、それも違うのだ。 あらゆる存在は、いろいろなものが集まって形を為し、そこに形以上の「はたらき」が生まれて「生きる」という活動をしている。 私たちが、自分を自分だと認識して生きていることも、形以上の不思議な「はたらき」のなせるわざである。 「命」もまた実体として存在するものではなく、それは神秘としか言いようのない、不思議な「はたらき」なのである。 「個」が集まってできた「和」には、単なる個の集合以上の不思議な「はたらき」が具わることがある。 それが、 命だ。 だから生き物は、生まれて死ぬのではなく、はじめから実体が存在しない「空」という存在のしかたをするなかで、ただ変化を繰り返している。 この、 「存在は変化を繰り返す」という真実には、「無常(むじょう)」という言葉を当てるとしよう。 「存在」「空」「自性がない」「無常」「変化を繰り返す」「常なるものは存在しない」 これらのキーワードはすべて、互いに深く関係しあっているものなのだ。 存在には「変化」があるばかりで、生まれもしなければ死にもせず、垢がつくこともなければ浄らかなのでもなく、増えもしなければ減りもしない。 ただ、変化を続けるだけである。 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 (むくしゅうめつどう むちやくむとく いむしょとくこ) あらゆるものに実体は無いから、苦しみだって本当は無いし、苦しみを無くす方法だってない。 それらはすべて概念でしかなく、その概念を抱く自分という存在もまた、概念でしかない。 じゃあ、あらゆるものは概念なんだと理解すればいいかというと、それも違う。 ここはとてもややこしいところだが、 頭で理解するという営みが、すでに虚構なのだ。 これらを知識として理解したところで、それは何も理解していないのとほとんど変わらない。 私たちは知識で何でも得ようとするが、存在の本質に関わる部分では、知識としてこれを得ることなどできはしない。 真実を受け取るとは、知識で理解することではない。 だから、得ることなどできないのだ。 遠離一切顚倒夢想 究竟涅槃 (おんりいっさいてんどうむそう くぎょうねはん) 人は普通、自分のことは自分でしていると思っていることだろう。 だが、本当にそうだろうか。 たとえば、心臓が絶えず拍動を続けているのは、自分の意思か? この体を作ったのは、自分か? 熱い物を触ったとき手を引っ込めるのは、はたして考えた上でのことか? 自分の体でありながら、それらは自分の意思とは関係のないところで自ずとはたらき続けてくれているのではないか。 それなのに、多くの人は自分の体は自分のものであり、自分の意思で自分は生きていると思っている。 存在しないはずの自分を「有る」と疑うことなく所有し続けているからである。 このような誤った考えから離れるだけで、心はずっと安らかになるというのに。 『般若心経』のまとめ 以上が私なりの般若心経の現代語訳です。 頭で理解するだけが理解のすべてではない。 自分の体験でもって理解すること、「腑に落ちる」というような体験、すなわち「体解(たいげ)」を禅は重視しますが、しかし『般若心経』を体解するというのも雲を摑むような話に聞こえるかもしれません。 けれども、「生きること」それ自体が『般若心経』の世界を生きることにほかならないのですから、本当は何も難しく考える必要はないのでしょう。 目の前に広がる世界のすべて、小石1つとってみても、そのすべてが「空」という真理を体現していることを感じで生きれば、それでいいのです。 だから逆に、考えれば考えるほど迷いの深みにはまっていくようなものといえるかもしれません。 前述のように、 『般若心経』は「空」の思想を説いた経典です。 あらゆるものに自性はなく、変化を続けることが存在の本質としてある。 しかし その真実を知ろうとせず、不変を求めたり、不変なるものが存在すると錯覚することで、真実との間に溝が生じ、そこから苦悩が生まれる。 真実を知れば、人はもっと安らかに生きることができるというのに……。 『般若心経』が「空」を説く理由はそこにあります。 すなわち、 執着から離れよ、執着すべきものなど何もない、ということが言いたいのです。 訓読文 観自在菩薩、般若波羅蜜多を深く行じし時、五蘊は皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。 舎利子よ、色は空に異ならず、空は色に異ならず、色は即ち是れ空、空は即ち是れ色なり。 受・想・行・識もまた是の如し。 舎利子よ、是の諸法は空なる相にして、生ぜず滅せず、垢つかず浄からず、増さず減らず。 是の故に、空の中には色も無く、受・想・行・識も無く、眼・耳・鼻・舌・身・意もなく、色・声・香・味・触・法も無し。 眼界もなく、乃至、意識界も無し。 無明も無く、また、無明の尽くることも無し。 乃至、老も死も無く、また、老死の尽くることも無し。 苦も集も滅も道も無く、智も無く、また得も無し、得る所無きを以ての故に。 菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依るが故に、心に罣礙無し。 罣礙無きが故に、恐怖有ること無く、一切の顚倒せる夢想を遠離して涅槃を究竟す。 三世の諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。 故に知るべし、般若波羅蜜多は是れ大神咒なり、是れ大明咒なり、是れ無上咒なり、是れ無等等咒なり。 能く一切の苦を除き、真実にして虚しかず。 故に般若波羅蜜多の咒を説く。 即ち咒に説いて曰く、 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶 般若心経.

次の

般若心経とは?わかりやすい般若心経全文訳!写経体験や意味、宗派の違いなど

お経 ラップ

今日は日記の様なもんです。 軽く流す様に読んでください。 父方は川上町で山奥の田舎なんですが、 こちらも負けず劣らずな山奥です。 朝7時に家を出て、 9時位に着いたんですが、 山の大分上の方なせいか、 霧がめちゃめちゃ出てました。 ほんの少し向こうも見えない程。 ただ、霧が出てたのは山を登り切ってからで、 登り切ってから祖父の家まで距離はそこまで無いので、 危なくは無かったですが。 対向車もほとんど無かったですし。 この時の写真はこちら。 どうですか? なかなかの霧じゃ無いですか?(笑) 写っているのはうちの父です(笑) しかし、親戚一同集まって、 みんなでお経を読むわけですが、 うちに来てくれるお坊さんは優しくて、 「まず表紙を開いて12ページを読んで、 さらに65ページを読みます」 みたいな感じでどういう風にお経を進行していくのか、 しっかり説明してくれる。 僕ら30代辺りからはお経をどう読むのかなんて分からないもんなあ。 経験の問題でもあるけど。 うちの母とそのお姉さん達も、 祭壇をどうするのか、 「これでいいのかな?」っていろんな人に聞いたりしてたし。 お経を読むのってしんどくはありますが、 でも、これってある意味お坊さん達がやる、 「修行」に近いものがありますよね。 取り敢えず僕は、 なるべく綺麗な姿勢で、 なるべく流暢なお経を読む という努力をしました。 綺麗な姿勢で、というのは 筋トレ的なものにしてみるという事で、 取り敢えず基本的に常にお腹を凹ませる、 ドローインをしていました。 下の記事に書いていますが、 数分間お腹を凹ませるだけでお腹が引き締まって、 腹筋も付くというもので、 これをやるには丁度良い場所かと思って。 終わった後の足の痺れが半端無かったですが…(笑) あとなるべく流暢なお経を読むというのは、 僕、前から思ってたんですけど、 お経とラップって似てると思って。 っていうのも、 お経って、お坊さんが叩く木魚のリズムに合わせて、 漢文的なお経を読んでいくわけじゃないですか。 ラップもリズムに合わせて 息継ぎあまりなしに、 (ここもお経と似た所) 一気に歌う所があって、 お経が上手く読めればラップも上手くなる。 逆に少しでもラップを良く聴いてる位の人間なら、 お経は上手く読めるはず、と思って。 そういう事に気付いてから、 僕はお経に対する苦手意識や不思議な感じが無くなって、 「割と身近な物」「どんとこい」 と思える様になりました。 「法事にそういう態度で挑むのって不謹慎じゃない?」 って思う人もいるかもしれませんが、 僕は法事って 参加すればそれだけで良い物だと思っているので。 取り敢えず僕の母の実家みたいな山奥だと、 来るだけで時間がかかりますし、 実際僕は片道2時間以上車を運転して来ます。 一時間くらいでしょうか?お経を正座して読んでるのも楽じゃないですし、 取り敢えず親戚一同が集まって一緒に楽しくご飯を食べたりして、 (ちなみに、会食の席ではいとこの子供2、3人が、 バタバタ遊びまわって大盛り上がりでした(笑)) そうやって親戚一同仲良くしてれば、 祖父も喜んでくれるんじゃないかと。 大事なのはたまに祖父の事を、 思い出してやる事なんじゃないか。 僕はそう思います。 そんな感じです。 ちなみに僕はその会食の席で、 少しでも自分のグラスが開こうもんなら、 おばさん達(うちの母の姉達)が ビールを注いでくるので、 結構酔っ払ってしんどかったです(笑) まあそんな土曜日の法事でした。 僕は法事は行けるだけ行こうと思ってます。 それでは経は、じゃなくて今日はここまでにしたいと思います。 さようなら〜! tatsuyakawakami.

次の

『般若心経』を現代語訳するとこうなる

お経 ラップ

1.塩ビって何ですか? 塩ビとは「塩化ビニル樹脂」又は「ポリ塩化ビニル」を意味します。 一般的に略して「塩ビ」と言われています。 「塩ビ製品」とは塩化ビニル樹脂を主原料として製造された各種製品の総称で可塑剤を含んだ軟らかい製品「軟質塩ビ製品」と可塑剤を含まない硬い製品「硬質塩ビ製品」に大別されます。 柔らかいフィルム、シート、電線被覆材、ホース、チューブ、自動車内外装部材などから硬い配管、平板、波板、雨樋まで様々の製品に加工され、使用されています。 塩化ビニル樹脂は、私たちが日頃、使用する四大汎用プラスチック(熱可塑性プラスチック)の一つです。 他の汎用プラスチックはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンです。 3.軟質塩ビ製品はどのようなものがありますか? 軟質塩ビ製品は塩ビ薄膜単体の塩ビフィルムや塩ビフィルムに生地を貼り合せた塩ビレザー、塩ビフィルムに裏表に生地をサンドイッチさせたターポリンなどの単体又は複合のフィルムやシートを組み合わせ加工し、各種軟質塩ビ製品を作ります。 また、塩化ビニル樹脂は柔らかくする成分(可塑剤)を加え、加工することにより硬い製品から軟らかい製品まで様々な製品を製造することができます。 硬質製品には水道管、配管、継ぎ手、塩ビ平板、看板、ダクト、波板、雨樋、硬質シート、サッシ、サイディング、塩ビ鋼板、住宅用廻り縁などがあります。 また可塑剤を加えた軟質製品には塩ビフィルム単体及び布、繊維、紙、等の生地と貼り合わせたものを含め、下記のような身の回り、家の中、生活用品などの多くの製品があります。 ・文具用、袋用、鞄用、衣料用、玩具用、車両用、工業用塩ビフィルム、壁紙、化粧フィルム、床シート、クッションフロア、タイルカーペット、床タイル等 ・ターポリン、帆布、フレコンバッグ、膜シート、幌シート、養生シート等 ・家具、ソファ、椅子、カーシート、間仕切り、合羽、鞄袋、バック、テーブルクロス等 ・ラップ、農業用フィルム、マーキングフィルム、ホース、チューブ、手袋、サンダル、防水シート、プール、玩具、保育用品、電線コード、ケーブル、錠剤包装等 9.軟質塩ビフィルム・シートの製造方法は? 1)カレンダー法 軟質塩ビフィルムの製造方式としては一般にカレンダー法とT-ダイ押出法が知られていますが、現在においてはカレンダー法が主流となっています。 カレンダー法は、19世紀中ごろのゴム圧延工程で最初に使用され、塩ビのフィルム、シートの圧延工程に利用されて以来、著しい技術の発展が見られました。 各種配合剤を加熱、混練し、流動性のコンパウンド状にした後、加熱した最初のロール2本に挟み込みながら圧延し、途中何本かのローラーを配して加熱され、最後に冷却されたローラーの表面に沿わせて薄く成膜され、巻き取られます。 各カレンダーロールの配列、径や温度、回転数などを調整することによってフィルムの厚さ精度を高めたり、物性に特色を持たせたりするなどの工夫が施されています。 カレンダー機 カレンダー法の特長としては、押出法に比べて生産設備は大きく、高速生産が可能であり、製造能力が高いことが挙げられます。 設備投資が押出法に比べて、大きいので、生産性の低い極薄品(0. 05mm以下)には不向きで、少品種大量生産に適しています。 他のプラスチック成形に比べて、樹脂配合、成形条件、装置、品質等加工技術は複雑でかつ熟練を要求され、生産管理がきちんとしていないと安定した製品が得られないのも特徴のひとつです 2)T-ダイ押出法 押出機 Tダイ押出法は樹脂をひき肉機のように注入口からシリンダーに入れ、スクリューと呼ばれる大型ネジを回しながら、樹脂を前方に送ります。 樹脂は送られながら練られ、溶融して口金(ダイ)から一定の形状で押し出されます。 口金の工夫により、フィルム、チューブ、パイプ等の各種形状の製品が生産されます。 T型の口金を使用すれば、フィルムやシートも成膜化できます。 (Tダイ押出)カレンダー法に比べ、設備も安価で生産技術は比較的に容易の為、多品種小量生産に適しています。 また一般的にカレンダー法に比べ、厚み精度が劣ります。 10.軟質塩ビフィルム・シートの印刷方法は? 軟質塩ビフィルムは印刷性に優れており、デザインに合わせて繊細な表現が可能で印刷方法としては、グラビア印刷、スクリーン印刷、ロータリースクリーン印刷、フレキソ印刷などがあります。 最も多く用いられているのはグラビア印刷です。 多色グラビア印刷 グラビア印刷は凹版印刷の一種で、表現性や生産性に優れ、軟質フィルムばかりなく、軟包装材、美術書、写真集など多くの印刷物に使用されています。 これには印刷色毎に印刷ユニットを持ったグラビア印刷機を用います。 印刷ユニットは圧胴(圧着ローラー)、版胴ロール(グラビアロール)、ドクター刃(インク掻き刃)、インクローラー、インクバット(インク溜)及び乾燥機からなっています。 このグラビア印刷方法は版胴ロールの製版精度が重要で、多色印刷やセルの深さ調整で色の濃淡を表現できるが、製版コストがかかる為、大量印刷向きで、少量印刷には適さないという特徴があります。 11.軟質塩ビフィルム・シートの型押し方法(凹凸模様付け)は? 軟質塩ビはフィルムをエンボスすることにより印刷された模様がさらに立体的に表現されます。 エンボスはエンボス機により、模様や図柄を彫ってあるエンボスロールとゴム製圧着ロールの間を、フィルム表面を加熱軟化した状態で通し、フィルム表面に浮き出し模様(凹凸模様)を付ける加工方法です。 エンボス機 (エンボスロールによるしぼ押し) エンボスロールの模様、図柄により表面に皮調、布調、織物調、幾何学調、木目調などの各種模様が加工でき、プリントとの表現との組合せにより、本皮や織物など本物に近い表現ができます。 12.軟質塩ビフィルム・シートの接着方法は? 多くの軟質塩ビ製品(文具、手帳、袋、カーテン、農業フィルム、フレコンバッグ等)では製品の仕様に合せ、フィルムやシートを裁断し、繋ぎ合す為、接着加工が必要となります。 軟質塩ビ製品で一般的に使用されている接着加工方法が高周波ウェルダー溶着です。 高周波ウェルダー溶着とは、重ね合わせたフィルムを金型で押さえて、強く加圧した状態で高周波加熱することにより行います。 表面が金型で冷却された状態で、フィルムが溶け出し、フィルム同士を接着させる溶着方法です。 高周波ウェルダー機 熱溶着には「外部加熱」と「内部加熱」があり、高周波溶着は素材自体が発熱体となり物体内部から加熱される後者の「内部加熱」です。 外部加熱は熱伝導に依存する為、内部まで加熱させるまで、時間を必要としますが高周波ウェルダー溶着は内部加熱で、溶着箇所のみを加熱できる為、短時間でかつ溶着しない部分に熱の影響(ダメージ)を与えません。 そのため、溶着加工が素早くでき、効率的であり、しかも溶着面の仕上げがきれいで接着強度も大きいなど、高周波溶着は他の方法に較べ優れた溶着加工方法です。 オレフィン系フィルムでは樹脂特性で内部発熱せず高周波溶着は困難で、熱を利用した熱溶着(熱風式溶着、熱板式溶着)や超音波溶着が行われています。 13.ダイオキシンの問題について 塩化ビニル樹脂の6割が塩素であることから、燃やすとダイオキシンが発生すると言われてきましたが、塩素は塩化ビニル製品だけでなく、食品、調味料、紙類、衣類などにも含まれます。 また、空気中にも塩素化合物は浮遊しており、森林火災でもダイオキシンが発生するのは、このためです。 塩化ビニル製品を含め、塩素を含む他のものも燃焼条件によりダイオキシンが微量発生します。 1999年政府は「ダイオキシン類対策特別措置法」(ダイオキシン法)を制定し、焼却炉の燃焼温度や燃焼時間などを定め、焼却炉も改良・整備させた為、わが国のダイオキシン排出量は2003年には1997年に比べ、約95%減少しました。 15.DEHP(可塑剤)の安全性について DEHP(フタル酸ビス2-エチルヘキシル)は軟質塩ビ製品に最も多く使用されている可塑剤で 従来より様々な安全性試験が行われており、輸液バックなどの医療用器具にも使用実績があります。 1.DEHPの急性毒性(LD50)は食塩や砂糖よりも低く、毒性なしともいえるレベルです。 また皮膚刺激性なども無刺激又は微刺激の範囲で人を含む動物の皮膚に作用を及ぼすレベルではありません。 2.人に対する発がん性については国際がん研究機関(IARC)が2000年にDEHPの発がん性は水道水と同じレベルであることを確認しました。 3.DEHPの内分泌かく乱作用は、環境省の「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」に基く調査研究にて無いことが確認されています。 4.DEHPは、厚生労働省が定めたシックハウスガイドラインに掲載された13物質のひとつですが、これらガイドライン物質とシックハウスとの関連性は明らかではありません。 076ppm)は、人が健康で快適な室内空気環境を確保できる数値を示しています。 これまでの室内環境濃度測定結果によるとDEHPの暴露量は、最大レベルでも一桁台の前半であり、人が一生でその濃度を摂取しても問題ないレベルです。 5.産業技術総合研究所が行ったDEHPの詳細リスク評価書によれば、2001年時点でのDEHP暴露量は人に対して懸念されるレベルにはありません。 現時点では2001年のDEHP排出量に比べ大幅に削減されています。 *塩化ビニル樹脂の安全性についての詳細はをご参照下さい。 *可塑剤の安全性についての詳細はをご参照下さい。 16.塩ビ製ラップフィルムの安全性は? 塩ビラップフィルムは食品衛生法に基づき、厚生省告示370号の「食品、添加物の規格基準」に適合する事が定められています。 規格基準には「一般規格」と材質別の「個別規格」があり、「一般規格」にはカドミウム、鉛の材質試験と重金属の溶出試験、過マンガン酸カリウム消費量試験があります。 「個別規格」はジブチル錫化合物、クレゾールリン酸エステル、塩化ビニルモノマ-の材質試験と蒸発残留物試験があります。 これらの試験に適合することが基本的な品質として要求されています。 また、食品衛生法の趣旨に則し、塩ビ食品衛生協議会が策定したJHP規格(塩化ビニル樹脂製製品等の食品に係る自主基準)に基づき、安全性を確認された原材料を使用しています。 17.電子レンジで塩ビラップを使用する際の注意点を教えてください。 電子レンジを使用して食品をラップで簡単な調理をする場合、ラップと食品が直接触れないように深めの容器に入れて、ラップを張った後、穴を開けて使用すれば蒸気が抜けて、ラップは膨らみません。 調理の際、水分が不足したり、過加熱になると、ラップ、食品の炭化劣化が起こりえますのでご注意下さい。 また、油性食品を直接ラップに包んでご使用したり、電子レンジに入れたりしないで下さい。 塩ビラップをオーブンや電子レンジのオーブン機能に使用すると、ラップが破れたり溶けたりしますので、ご使用しないで下さい。 詳しくはラップ包装箱の注意書きをご確認下さい。 *ラップの原材料の安全性及び使用上の注意点等の詳細については、ご覧下さい。 18.塩ビ壁紙、床材を使用してシックハウスは大丈夫なの? 新建材使用増加、建物の気密性向上など生活様式の変化に伴い、シックハウス症候群が1990年頃より騒がれてきました。 東京都や環境庁の室内濃度調査によれば、住居中の建物のDEHP濃度は0. 04〜3.

次の